驚愕の古代史!卑弥呼はなぜ女王になったのか?邪馬台国誕生の裏にあった異常気象と“倭国大乱”[前編] (5/7ページ)

Japaaan

世界各地で不作や飢饉が起こり、社会不安が広がった可能性が十分に考えられるのです。

このタウポ火山の噴火の時期については諸説あるものの、近年の自然科学的な研究により2世紀後半、具体的には181年ごろに起こったとする説があります。

西暦181年と言えば、倭国大乱の時代とぴったりと一致します。一方、当時のアジア、とりわけ倭国と関係の深い東アジアはどのような影響を受けたのでしょうか。

黄巾の乱と飢饉が原因で大陸の難民が倭国へ流入

タウポ火山の噴火が、2世紀後半(181年ごろ)に起きていたとした場合、中国ではどのような影響が生じたのでしょうか。

その具体的な出来事として考えられるのが、後漢王朝の衰退を決定づけた184年の「黄巾の乱」と思われます。当時、後漢では幼い皇帝が続き、皇帝の母親の一族や宦官などが発言力を持つようになり、深刻な政治腐敗と苛政が行われていました。

黄巾の乱は、このような後漢王朝に対する不満を説いた宗教結社・太平道の信者と民衆による農民反乱でした。そこに、異常気象による凶作や飢饉が重なり、人々の不満が一気に噴き出したのです。

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