「天皇」も「日本」も最初からあったわけではない?天皇家の系譜から読み解く古代史の謎【後編】 (2/6ページ)

Japaaan

仁徳天皇(Wikipedia)

とはいえ、4世紀初め、畿内で強大な首長勢力が生まれたことは間違いない。邪馬台国との関連性は定かではないが、この勢力は、5~6世紀にかけて次第に勢力を拡大し、各地の王たちとの対立や統合を経て、列島の広範囲にその影響力を及ぼすようになっていく。

やがて畿内の首長は、列島の王たちの頂点に立つ存在として、「大王(だいおう・おおきみ)」と称されるようになる。

つまり、「倭国の大王」が誕生したのである。そして、この国家形成の過程の中で、のちに「日本」「天皇」という名称が定着していくことになるのだ。

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