「天皇」も「日本」も最初からあったわけではない?天皇家の系譜から読み解く古代史の謎【後編】 (3/6ページ)

Japaaan

推古天皇(Wikipedia)

かつて、その時期については、第33代・推古天皇以降とする説が有力視されてきた。推古は、崇神・応神の次に現れた継体王朝の7人目の大王であり、摂政・聖徳太子と大臣・蘇我馬子とのトライアングル政治を行った時代であった。

「天皇」「日本」が誕生したのは7~8世紀だった

しかし、現在では「天皇」という称号が制度的に定着するのは、7世紀後半と考えるのが一般的である。壬申の乱に勝利した第40代・天武天皇は、飛鳥浄御原令(あすかきよみはられい)を制定し、律令国家体制の整備を進めた。この時期に、君主号としての「天皇」が確立したと見られているのだ。

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