わずか13歳で父を斬首、その刀で敵を返り討ち…戦国乱世に生きた少女の壮絶すぎる介錯 (4/4ページ)

Japaaan

三女は父の介錯を務め、その刀で敵の一人を斬り捨て、二階から城外に向かって家永の首級と刀を投げ捨て、降伏の意思を示す。間もなく生捕りにされた三女の身柄は、長姉の婚家である丹波麟圭の元へ引き渡された。三女は後に大木統清(おおき むねきよ。兵部少輔)の妻となったのである。

……人の首を斬るというのは、ただ刀を振り下ろせば事足りるものではありません。きちんと苦しませずに斬首するには、相当の腕前が求められました。わずか13歳の彼女にはそれだけの腕があり、日頃から鍛錬を重ねていたことがわかります。

そして父を斬った刀で襲い来る敵一人を返り討ちにし、城の二階から父の首級と刀を放って寄越す豪胆ぶりを示しました。

極限状況における冷静な太刀筋とあわせて、ひとかどの人傑であったと言えるでしょう。

終わりに

今回は父の介錯を務めた戦国女性・黒木家永女(大木統清室)のエピソードを紹介してきました。自分の手で父親の命を絶たねばならなかった無念は、察するに余りあります。

しかし、もし彼女が男性に生まれていたら、武将として名を馳せていたのではないでしょうか。

戦国乱世に活躍した女性のエピソードは他にも多く伝わっているので、また改めて紹介したいと思います。

※参考文献:

吉永正春『筑後戦国史』葦書房、1983年12月

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