『豊臣兄弟!』なぜ長篠合戦を描かない?若き家臣団の登場と史実の違いを読み解く…第18回放送を考察 (4/10ページ)

Japaaan

🄫NHK

朝倉滅亡後の混乱に乗じて朝倉旧臣の富田長繁(とんだ ながしげ)が土一揆を煽動して越前一国を奪い取ったかと思えば、わずか一ヶ月で一向一揆が勃発して政権が転覆した事件です。

ちょうど織田政権にとっては石山本願寺との抗争や武田家の脅威、長島一向一揆などの対応に追われていたため、越前国を奪還する余裕がありませんでした。

しかし天正3年(1575年)8月に信長自ら3万とも言われる大軍を率いて越前国へ乗り込み、一向一揆を根絶やしにしたのです。

討ち取った敵は数知れず、処刑した捕虜はおよそ1万2千、奴隷として連行した人数は3万とも4万とも言われています。

信長は、残党を草の根分けても探し出し、女子供に年寄りだろうが構わず斬り捨てるよう厳命。今度ばかりは秀吉も容赦なく任務を遂行したのではないでしょうか。

また前田利家(大東駿介)が一揆衆1千ばかりを磔(はりつけ)や釜茹でという残虐な方法で処刑したことでも知られています。

劇中での秀吉は、疲れたと言うばかりで詳しく語られていませんでしたが、現地ではこんなことがあったのでしょう。

加藤虎之介と福島正則の生い立ちは?

虎之介と正則。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。

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