『豊臣兄弟!』なぜ長篠合戦を描かない?若き家臣団の登場と史実の違いを読み解く…第18回放送を考察 (6/10ページ)
まだ10代前半と若かったため、秀吉の小姓として仕えたという説もあるようですが、一次史料からは確認されていません。
なお三成と言えば有名なのが三献茶(さんけんちゃ)のエピソード。秀吉が鷹狩りの帰りに寺へ立ち寄り、茶を求めたところ、小坊主が最初に大きい茶碗でぬるい茶を出しました。
二杯目・三杯目と飲み進めるにつれて、次第に茶碗が小さく、かつ熱くされたと言うのです。
これは「相手の喉の渇きに合わせて、最初はすぐ飲めるぬるい茶を多量に、二杯目以降は香りを楽しめるよう茶を熱くする」という気づかいでした。
小坊主の利発な配慮に感心した秀吉は、寺に頼んで小坊主を召し抱えたということです。ただし、このエピソードは『武将感状記』など後世の創作と考えられています。
平野長泰はどのように仕官した?
参集した牢人たち。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
永禄2年(1559年)生~寛永5年(1628年)5月7日没
父の平野長治(ながはる)が羽柴家に仕えていたことから、天正7年(1579年)に21歳で仕官しました。
劇中ではいきなり乗り込んできたような雰囲気でしたが、いわば世襲の家臣であり、実は既にレールが敷かれていたようです。