朝ドラ【風、薫る】どこまで史実?忠実に再現された手術シーンが話題…白衣も手袋もない明治時代の病院描写 (2/9ページ)
(史実では、大関和(一ノ瀬りん/見上愛)と鈴木雅(大家直美/上坂樹里)らが、看護婦養成所を卒業し帝大医学大第一医院(現在の東大医学部付属病院)に一期生として実習生に派遣されたのは明治21年(1888)ごろ)
紺のパフスリーブ・ロングスカート・白いカフス・白いキャップとエプロンという可愛らしい制服です。(足元は足袋と草履のまま)。SNSでもおおいに話題になっていましたね。
実際、看護婦養成所の制服には、式服と平常服があったそうです。平常着は筒袖の上着と袴のような長いスカートに草履、式服は詰襟で袖肩にパッドを入れて高くし、八枚はぎの裾の長いスカートで、どちらも洋装でした。
このような目を引くデザインにしたのは、世間の「看護婦は下女」という意識を払拭し、「トレインド・ナース」は自立した女性のプロの仕事なのだと認識してもらうため、という意図もあったそうです。
制服は「看護婦は『自立した女性の立派な職業である』と認識させる意味もあったとか。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
ちなみに、日本赤十字社が看護救護員として戦場に女性看護婦を送り出したのは昭和12年(1937)。