【豊臣兄弟!】次回「風雲!竹田城」を予習。小一郎(仲野太賀)が総大将デビューで覚醒?激闘の顛末を紹介 (3/7ページ)
黒田官兵衛と竹中半兵衛がそろい踏み。竹田城の一時放棄は彼らの策略だった?NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
……則(すなわち)、普請(ふしん)申付け、木下小一郎(羽柴長秀)城代として入れ置かれ候キ(そうらいき)……
※太田牛一『信長公記』より。
【意訳】竹田城を占領した小一郎は、すぐに竹田城の修繕工事に着手した。そして小一郎は城代として竹田城の守備を任される。
さて、見事に竹田城を攻め落とした小一郎は、自身の初勝利に浮かれている暇はありません。
いつ敵が反撃して来ないとも限らないため、小一郎は激戦で損傷した竹田城の修繕工事(普請)を実施しています。
『信長公記』では竹田城の戦いについて詳しい記述がないものの、城郭が損傷するくらいには激しく戦ったことは、想像に難くありません。
しばらく竹田城を守備した小一郎は、天正7年(1579年)5月に信長から「明智光秀(要潤)への援軍として丹波国(京都府中部)へ攻め込め」と命じられました。
小一郎は任務を遂行・完了しますが、竹田城へは戻らず秀吉のいる播磨国(兵庫県南部)へ合流します。
