『豊臣兄弟!』本能寺の変は“老い”が引き金だった?明智光秀を謀反へ追い込んだ「残り時間」という恐怖 (3/7ページ)
先述したとおり、光秀謀反の原因は定まっていません。しかし、この謎を考えるうえで、一要素になりうる理由がありました。それが、「光秀の年齢」であったのです。
光秀は本能寺の変の時、何歳だったのか『豊臣兄弟!』では、光秀は、壮年期の武将として描かれているようです。
しかし、光秀の生年は定かではなく、本能寺の変の時点で何歳だったのかは諸説あります。しかし、信長や秀吉よりも年長であった可能性が高いのはほぼ間違いないでしょう。実はこの年齢差は、本能寺の変を考えるうえで重要な意味を持つのです。
戦国時代は全てではないにせよ、出自の低い者が成り上がっていく下剋上の世の中です。ですから戦国時代の人物には、生まれ年がはっきりしない人が多く、秀吉や秀長もその一人です。
光秀の出自は、よく言われているのが美濃守護職・土岐氏の分家で、斎藤道三の重臣明智氏の一族ということです。しかし、彼の前半生に関する確実な史料が乏しく、さまざまな異説が唱えられています。