『豊臣兄弟!』本能寺の変は“老い”が引き金だった?明智光秀を謀反へ追い込んだ「残り時間」という恐怖 (4/7ページ)
そのような中で、光秀の誕生年には主に二つの説があるのです。
一つは、徳川家康の事績を中心に記された『当代記』によるもので、1516年(永正13年)生まれ、本能寺の変の時の年齢は67歳となります。もう一つは、『明智系図』で、1528年(享禄元年)生まれとされ、本能寺の変の時は55歳です。
このほかに、森家の家臣による『武家聞伝記(ぶけぶんでんき)』では、1513年(永正10年)の生まれで69歳ということになるのです。
このように光秀の誕生年は、はっきりとした史料が残っておらず、確かなことは分からないというのが現実です。とはいえ前述したとおり、信長や秀吉より年上であったことは、ほぼ間違いないでしょう。
光秀よりも10歳以上若かった豊臣秀吉。(NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK)
ちなみに信長は、1534年(天文3年)生まれ、秀吉は確かではありませんが、1537年(天文6年)前後の生まれとされます。つまり、光秀は信長より5歳以上年上で、秀吉とでは10歳から20歳は年長である可能性が高いのです。