朝ドラ「風、薫る」チュウの意外すぎる史実!新宿中村屋創業者・相馬愛蔵とりんのモデル・大関和を結んだ生涯の絆 (7/9ページ)

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さらに、店を拡大し店員のマナーやモラル向上のために研成学院を設立。生涯、商人として「無意味なお世辞を排し良い商品を廉価で販売する」を貫き通したそうです。

ラス・ビハリ・ボース、ボース俊子(相馬俊子)夫妻大正7年(1918)頃 public domain

和と女性関係に問題ある木下尚江との結婚を阻止

さて、史実でも明治23年11月に、りんのモデル・大関和は帝国大学医科大学附属第一病院を退職し、越後高田の女学校寄宿舎の舎監として赴任します。

退職の理由は、「看護師になりたいと勉強に励む看病婦」たちの待遇改善を病院側が受け入れず、和が建議申し立てを行い男性医師らの反発を招いたこと。

優秀ながら「目の上のたんこぶ」だった和を解雇に追いんだ病院側ですが、案の定、和の退職後は新聞に「第一病院の看護の質が低くなった」と投書が載り、慌てて改善をはかったそうです。

高田女学校に転職した和のところに、ある日愛蔵が訪ねてきます。そして、和は社会運動家・作家の木下尚江と出会いました。

木下尚江は「風、薫る」のドラマに登場するシマケンこと島田健次郎(佐野昌哉)のモデルの一人かも?とも推測される人物。

尚江と愛蔵は、同じ旧制松本中学校出身で、東京専門学校の先輩後輩関係だったのです。

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