朝ドラ『風、薫る』りんが赴任した高越女学校のモデルは実在した━━新潟で待つ“運命の再会”につながる史実 (4/8ページ)
女性が自ら新しい仕事を作ることに意義があります」と。
ナイチンゲールも『女性も男性と同じように、社会に貢献する能力を持っている』という言葉を残しています。
実際、アメリカで教育を受け優秀な成績を収め、語学堪能、看護婦資格を取得したにもかかわらず、帰国しても旧態然とした日本では「女性が活躍できる仕事」がなく愕然とした捨松。
ドラマの捨松のセリフは、実物の捨松そのものの言葉に聞こえます。
日本における「看護の普及」とともに「女子教育普及」を夢とし、古い日本のシステムと戦う“ファイター・捨松”は、りんに夢を託したのでした。
自分の夢でもある「女子教育」の夢をりんに託す捨松。(NHK「風、薫る」公式「X」より
「高越女学校」のモデルは「高田女学校」さて、ドラマに登場する「高越女学校」は、架空の学校ですが、大関和も明治23年(1890)から新潟県「高田学校」の舎監として1年間在籍しています。
モデルとされる「高田女学校」(現・新潟県上越市)は、高田盲学校を設立した大森隆碩ら、教育熱心な地元の名士たちが、メアリー・トゥルーに協力を依頼して誕生した学校です。
大森隆碩は、高田藩の医師の息子として生まれ、15歳から眼科について学び医学と英語を身につけた人。