朝ドラ「風、薫る」りんの運命の相手になる?横沢公輔(井上祐貴)のモデルとされる木下尚江の生涯 (5/8ページ)

Japaaan

当時、公娼制度は行政によって認められ、女性の人権よりも社会秩序や税収が優先されることがありました。

尚江は、法律上認められている制度であっても、人間の尊厳を傷つけるならば改めなければならないと考えました。
この姿勢には、キリスト教の人間観と、少年時代から抱いていた権力への疑問が結びついていたと考えられます。

東京専門学校(早稲田大学)。尚江は同校で学んだ。

新潟県高田で大関和と運命的な出会い

明治24(1891)年、尚江は禁酒・廃娼運動のため、新潟県高田を訪れました。
この高田で出会ったのが、朝ドラ「風、薫る」の主人公・一ノ瀬りんのモチーフとなった大関和です。

大関和は高田女学校で舎監兼伝道師を務めたのち、知命堂病院の看護長として看護と看護教育に携わりました。尚江と大関は、キリスト教信仰や女性を取り巻く社会問題への関心を通じて接近したと考えられます。

後年の研究や回想では、二人が結婚を考えるほど親しい関係にあったとされています。
朝ドラの横沢公輔が新潟の新聞記者としてりんを気に掛ける設定には、こうした尚江と大関和の史実が、何らかの形で反映されている可能性があります。

明治26(1893)年、尚江は代言人試験に合格しました。
代言人は、現在の弁護士にあたる職業です。尚江は松本で法律事務所を開き、人々の争いや訴訟に向き合いました。
同じ頃、『信府日報』の主筆に着任します。

尚江にとって法律と新聞は、別々の仕事ではありませんでした。

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