朝ドラ「風、薫る」りんの運命の相手になる?横沢公輔(井上祐貴)のモデルとされる木下尚江の生涯 (6/8ページ)
法律によって一人ひとりを救う一方、新聞によって制度や社会そのものを変えようとしていたのです。
同年、尚江は正式にキリスト教の洗礼を受けました。
明治30(1897)年、尚江は中村太八郎らとともに、松本で普通選挙運動を始めます。
当時の衆議院議員選挙では、一定額以上の税金を納めた成人男性にしか選挙権がありませんでした。貧しい男性や女性は、国民でありながら政治に参加できません。
尚江らは松本普通選挙期成同盟会を結成し、納税額に左右されない選挙権を求めました。松本で始まったこの運動は、日本における普通選挙運動の先駆けと評価されています。
しかし、同じ明治30(1897)年、尚江は県会議員選挙をめぐる疑獄事件の容疑で逮捕。収監されてしまいました。普通選挙を求めた行為そのものが罪に問われたわけではありませんが、政治と選挙をめぐる事件に巻き込まれたと考えられます。
このとき、尚江の心の支えとなったのが大関和でした。大関は収監中の尚江に差し入れを行っています。
明治31(1898)年、尚江は出獄。後に無罪となったとされます。
鉄格子の内側で過ごした時間は、尚江にとって人生の大きな転機となりました。後年、自身の獄中生活を自分の人生を再生させた経験として振り返っています。
東京で社会の不正を追及する新聞記者となる
明治32(1899)年、再び上京した尚江は『毎日新聞』に入社して新聞記者として新たな歩みを始めています。