朝ドラ『風、薫る』でも描かれた「明治ナース誕生」史実では何があった?看病を“専門職”へ変えた女性たち (2/7ページ)
桜井女学校附属看護婦養成所卒業生。専門教育を受けた看護婦として近代日本を支えた。Wikipediaより
「看病」から専門職へ――近代看護教育の始まり明治維新後、日本政府は欧米を手本として、軍隊、学校、警察、病院などの近代的な制度を整えていきました。
医学の分野でも、西洋式の診察や手術、薬学、解剖学などが導入されます。しかし、医師を支えながら患者の療養生活を整える看護については、教育制度の整備が遅れていました。
当時の病院では、「看病婦」などと呼ばれる女性たちが患者の世話をしていました。ただし、その多くは正式な教育を受けておらず、経験を頼りに働いていました。
見知らぬ男性患者の身体に触れたり、着替えや排泄を手伝ったりする仕事には、当時の男女観から抵抗もありました。
看護は必要な仕事でありながら、社会的に高く評価されていたとは言いにくかったのです。
こうした状況の中で近代的な看護婦教育を始めた人物の一人が、医師の高木兼寛です。