朝ドラ「風、薫る」直美が目指す“届ける看護”…モデル・鈴木雅が日本初の『派出看護』を始めた理由 (6/8ページ)
病院にはお金がかかると断る文を懸命に看病する直美(NHK「風、薫る」公式サイトより)
貧しい人々を無償で看護する『慈善看護婦会』設立原案伝記小説によると、新潟に行った大関和は、女学校の舎監の仕事を経て、元大学病院の外科助手・瀬尾原始(ドラマでは黒川勝治/平埜生成)に誘われ、明治24年頃、彼が院長の「知命堂病院」で、再び看護婦長として働くようになります。
直美のモデル鈴木雅は、大学病院を辞め、東京の本郷森川で『慈善看護婦会』を設立。当時は、大病院が家庭に看護婦を派出することはありました。
けれども雅が設立したのは『貧しい人々を無償で看護する』方針の派遣看護婦の会です。
実は、雅はアメリカに留学予定だったのです。けれども、横浜で船に乗る前に事故に遭ってしまいました。そして、アメリカ人医師と出会い、当時流行っていた天然痘患者の看護に追われ二週間も働くことに。
もちろん、船には乗れず留学はとりやめになりました。
その後、雅は明治29年(1891)に『慈善看護婦会』を設立することになったのでした。大関和はすぐに雅の『慈善看護婦会』を訪れます。場所は以前働いていた第一病院の前だったそう。
そこには、以前第一病院で講習を受けていた看護婦たちもいました。