『豊臣兄弟!』10代で散った小一郎と慶の嫡男・与一郎(大西利空)。豊臣家の跡継ぎを襲った悲劇 (2/8ページ)
ドラマでは、慶と元夫との間の子、羽柴与一郎。(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より)
「本能寺の変」の天正10年に命を終えた与一郎史実では、小一郎こと羽柴秀長(豊臣秀長)は、兄の秀吉同様に、あまり子宝には恵まれず、実子は与一郎と娘(名は不明)の二人だけでした。
羽柴与一郎の情報は少なく、実名・生年・人物像は不明。亡くなったのは、天正10年(1582)とされています。
母親の慈雲院(ドラマでは慶)も実名は不明。ドラマの慶という名前は、高野山奥之院の五輪塔に「慈雲院芳室紹慶」とあることから「慶」の一字を取ったそうです。
与一郎が亡くなったとされる、天正10年は…
・6月2日に本能寺の変
・6月13日に山崎の戦い
・6月15日に安土城天守が炎上
・6月27日に清洲会議が開催
・12月20日に秀吉が織田信孝がこもる岐阜城を攻略
と、織田の天下から明智の天下、そして豊臣の天下へ……と、激しい濁流に流されるかのように、歴史が塗り替えられていく年でもあります。
そんな天正10年に命を落とした与一郎。13歳〜15歳ごろだったと推測されています。