『豊臣兄弟!』10代で散った小一郎と慶の嫡男・与一郎(大西利空)。豊臣家の跡継ぎを襲った悲劇 (4/8ページ)

Japaaan

基本的に与一郎の名前は、同時代の史料には見当たらず、前述の江戸時代に編纂された二つの書物に記されているのみ。ドラマでは、“慶の前夫の子で小一郎が祖父の元から取り戻した”というアレンジでしたが、これもありだったと思います。

「豊臣兄弟!」の時代考証を務める歴史家の黒田基樹氏によると、この二つの文献からも、与一郎は秀長の実子であったのは間違いないと述べているようです。

『高山公実録』文化遺産オンライン

祖父に復讐心を吹き込まれて育った与一郎

「豊臣兄弟!」では、与一郎は小一郎の妻・慶と前夫・堀池頼広との子どもでした。

かつて主家であった美濃の斎藤家が織田軍に攻め滅ぼされ、仕えていた頼広は戦死し、堀池家は没落。

西美濃三人衆として斎藤家に仕えていた慶の父親・安藤守就(田中哲司)は、小一郎に調略され織田家に仕えることになりました。

頼広の父・堀池頼昌(奥田瑛二)は織田に寝返った守就の娘である慶を憎み家から追い出し、与一郎と引き離したのでした。

そこで、慶は使者に依頼して陰ながら与一郎の成長を見守っていたのです。けれども、使者から“頼昌の与一郎に対する扱い”を聞き、耐えきれずに小一郎に事情を打ち明けたのでした。

事情を聞いた小一郎は、与一郎を返してもらうべく、慶とともに頼昌に会いに。

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