【豊臣兄弟!】利家はなぜ勝家を裏切った?中川清秀の描かれ方に疑問…史実をもとに第32回放送の考察 (3/10ページ)

Japaaan

賤ヶ岳の合戦に敗れた勝家が、敗戦の原因となった利家と再会する場面が『賤岳合戦記』に記されていました。

……勝家府中の城に至前田父子に対面し此中苦労の段一礼ねん比にのへつゝ極軍のせめに遇て如此の次第更に言葉もおはしまさす候急き湯漬を出され候へと心静に食し痩さる馬を所望し急き給へり利家も送候はんとて立出られしを辞し返し候ひけるか又よひかへし其方は筑前守と前々入魂他に異なり必今度の誓約をひるかへし安堵せられ候へと云捨てわかれにける……

【意訳】賤ヶ岳から逃げ帰った勝家は、利家が守る越前府中城(福井県越前市)へたどり着き、前田利家・前田利長(としなが)父子と対面した。勝家は今回の出陣について懇ろに礼を述べつつも、秀吉から厳しく攻め立てられたことから、それ以上は何も言えなかった。利家は急いで勝家に湯漬け飯を提供し、それを平らげた勝家は、利家が提供したやせ馬に乗って急ぎ出立する。利家は護衛を申し出たが、勝家はそれを辞退するも、今一度利家を呼び返して言う。「そなたは秀吉と前々から入魂(じっこん。昵懇)であったな。わしとの関係を断ち切り、ヤツに所領を安堵してもらうがよい」と言い捨てて、二人は別れた。

劇中では自身が天下人となることを断固拒否しつつも、利家の身を案じて「他の者とやれ」と言い捨てたのは、勝家がかけた情けだったのでしょう。

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