【豊臣兄弟!】利家の裏切りではなく“勝家の愛”を描いた第32回『賤ヶ岳の決闘』を史実と共に考察 (8/9ページ)

Japaaan

最後に

史実では、この賤ヶ岳の決闘後、秀吉の信頼を勝ち取った利家は、新たに加賀二群の領地を得ます。

そして、本拠地を「尾山城」(金沢城)に移し、北陸地方の統治を強化して行くのですが。

「賤ヶ岳の戦い」の翌年、天正12年に秀吉と家康・織田信雄連合軍の『小牧・長久手の戦い』が勃発。

その隙を狙い、佐々成政が、利家が治める能登へ侵攻し今度は『末森城の戦い』が勃発……結局、血が流れる戦のカルマは終わることはなく、「戦いのない平和な新しい世」など訪れず「天下人」の独裁政治が待ち受けている未来が待っています。

来週は、第33回『北庄城の別れ』。これでまた舞台から去る人物がいるのが辛いですね。

「【豊臣兄弟!】利家の裏切りではなく“勝家の愛”を描いた第32回『賤ヶ岳の決闘』を史実と共に考察」のページです。デイリーニュースオンラインは、賤ヶ岳の戦い豊臣兄弟!前田利家柴田勝家戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る