【豊臣兄弟!】遂に秀吉vs家康の直接対決、勝敗は?全国の猛将が結集「小牧・長久手の戦い」の結末 (5/8ページ)

Japaaan

各地でも繰り広げられた戦闘

月岡芳年「太平記小牧山大合戦」

一方そのころ、各地でも戦闘が繰り広げられています。それらすべてを時系列にまとめると、頭の中がゴチャゴチャになってしまうので、こちらに列挙しました。

美濃国では:遠山佐渡守・遠山半左衛門尉らが徳川方に寝返り、東美濃の諸城を攻撃します。戦闘は3月から4月にかけて行われ、全体として徳川方が勝利を収めました。

和泉国では:雑賀衆や根来衆が挙兵して堺や大坂、岸和田城(大阪府岸和田市)に攻め寄せます。守将の中村一氏や松浦宗清が奮闘のすえに守り切っています。しばしば本拠地である大坂城まで脅かされ、秀吉は何度か家康との主戦場を離れて帰還するほどでした。

京都では:5月11日に信雄家臣の佐久間道徳が、京都所司代・前田玄以の出陣中を狙って叛乱を企てますが、在番の小野木重次に鎮圧されています。

下野国では:沼尻(栃木県栃木市)では徳川方の北条氏直・北条氏照ら率いる7万の軍勢と、羽柴方の北関東連合軍(佐竹義重・宇都宮国綱・結城晴朝ら)2~3万が対峙しました。文献によれば、北関東連合軍は8,000挺もの鉄砲を用意したと言われ、かの長篠合戦を上回る規模だったそうです。戦闘は5月上旬から8月にかけて行われ、最終的に引き分けとなりました。

讃岐国では:長宗我部元親が6月11日に十河城(そごう。香川県高松市)を攻略して讃岐国を平定。

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