【豊臣兄弟!】遂に秀吉vs家康の直接対決、勝敗は?全国の猛将が結集「小牧・長久手の戦い」の結末 (6/8ページ)

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ほぼ四国全土の統一を実現しています。家康からは「その勢いで本州の摂津国(大阪府北部)か播磨国(兵庫県南部)、または淡路国(兵庫県淡路島)へ攻め込んでほしい」と要請し、秀吉を脅かしました。

水軍の動き:6月16日には羽柴方の滝川一益が九鬼嘉隆と共に水軍を率いて蟹江城(愛知県蟹江町)・下市場城(同町)・前田城(愛知県名古屋市)を攻略し、家康と信雄の連携を分断しました。しかし7月3日にはすべて奪還され、一益らは海路を伊勢へ逃れます。蟹江城の失陥によって、7月15日に計画していた総攻撃は中止されました。

信濃国では:9月に入ると徳川方の菅沼定利・保科正直・諏訪頼忠らが妻籠城(つまご。長野県木曽町)へ攻め込みますが、城将の山村良勝がこれを守り抜いています。

能登国では:9月9日に徳川方の佐々成政が1万の軍勢で末森城(石川県宝達志水町)へ攻めかかりますが、後一歩のところで前田利家の反撃にあって撃退されました。

伊勢国では:9月15日に羽柴方の蒲生氏郷らが木造具政の守る戸木城(へき。三重県津市)を攻め、和睦が成立すると具政は城を明け渡します。

和睦と秀吉包囲網の崩壊

家康に徹底抗戦を説得するため、越中から浜松へ向かって冬の飛騨山脈を踏破した佐々成政(いわゆるさらさら越え)。

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