【豊臣兄弟!】遂に秀吉vs家康の直接対決、勝敗は?全国の猛将が結集「小牧・長久手の戦い」の結末 (1/8ページ)
信長亡き後の織田政権をめぐり、羽柴秀吉は清須会議の決定を破棄して織田信雄を担ぎ上げ、織田信孝・柴田勝家らを謀叛人として討伐しました(賤ヶ岳の戦い)。
これで一安心かと思いきや、秀吉はもう用済みとばかりに信雄を安土城から追放してしまいます。
事ここに及んでようやく「自分が秀吉の野望に利用されただけ」だったと知った信雄は、徳川家康に泣きついて挙兵しました。
そして天正12年(1584年)、秀吉と家康が本格的に対決することになるのです。これが後世に伝わる小牧・長久手(こまき・ながくて)の戦いです。
今回はこの小牧・長久手の戦いについて、わかりやすく紹介してまいります。