シマケンの挫折は当然だった?『風、薫る』『ブラッサム』朝ドラの時代に隠された文筆家たちの苦境と辛さ (2/8ページ)
尾崎紅葉も、山田美妙らと硯友社を結成。同人誌『我楽多文庫』を刊行して、作品が評価されると読売新聞社へ入り、新聞小説を書いていきました。
つまり、
同人誌などで作品を発表する場を得る
↓
編集者や先輩作家とつながる
↓
雑誌・新聞に掲載される
↓
うまくいけば新聞社などから安定した仕事を得る
というのが、一つの成功ルートだったのです。
「風、薫る」ではシマケンが「小説だけを書いて生きる」のではなく、批評を書いていた展開がありました。
ある意味、それがこの時代のリアルであったと言えるでしょう。
「書けば儲かる」わけではない…樋口一葉の厳しい現実
当然、文筆家の世界も競争の激しいところですから、甘い考えは通用しません。
樋口一葉の生活の苦しさがその例でしょう。
一葉は歌塾「萩の舎」で学んでいました。しかし父の死後、長女である一葉が一家の家計を背負うことになります。
姉弟子・田辺花圃が小説で原稿料を得たことを知ると、自分も小説を書いて家計を支えよう」と考えました。