シマケンの挫折は当然だった?『風、薫る』『ブラッサム』朝ドラの時代に隠された文筆家たちの苦境と辛さ (6/8ページ)
宇野千代は明治30(1897)年生まれですから、実際に作家として飛躍するのは明治ではなく大正時代です。
大正10(1921)年、千代が書いた短編『脂粉の顔』が『時事新報』の懸賞小説で入選。見事に一等を獲得して賞金200円を手にしました。千代はこれをきっかけに本格的な作家生活へ入っていきます。
一葉の時代には、師匠を探し、雑誌編集者とのつながりを作り、作品を売り込むことが重要でした。
それから約30年。
新聞や雑誌の発達によって、宇野千代のように「懸賞に応募して新人が世に出る」ルートも存在感を増していったのです。
いわゆる現代の新人文学賞へと続く仕組みが、少しずつ整ってきた時代でした。
明治の文筆家はつらいよ…しかしそれでも彼らは書いた!
明治の文筆家というと、私たちはついつい「文豪」という完成された姿を想像してしまいます。
夏目漱石、樋口一葉、尾崎紅葉、二葉亭四迷、小泉八雲
しかし彼らにも当然、まだ何者でもなかった時代がありました。
原稿をどこかに持ち込む。
師匠を探す。
同人誌を作る。
新聞記者になる。
教師をする。
翻訳をする。
そして、仕事の合間に小説を書く。
作品が売れなければ、次の収入がいつ来るかもわかりません。