【風、薫る】バーンズ先生の“6つの種”は生きていた!ツヤとヒデ11年ぶり再会で見せた予想外の姿と伏線回収 (5/8ページ)

Japaaan

(あれは、りんではなく大学病院の責任だと思うのですが…)

そんなヒデは看護婦にはならず、「医者」になっていました。

そして、病院代表として柳生書記官に陳情するために「内務省衛生局」を訪れたところをバッタリりんと直美に再会したのでした。

ヒデは、3回医師試験を受けてやっと合格。「女の医者が自分しかいないので何もかもやらされて大変だ」ともいっていました。

病院というシステムの中で女性が働く大変さを体感したのでしょう。「今なら先生方がご苦労されていたのも……」と、昔の態度をりんに謝罪しました。

向上心の塊だったヒデは、「医療への道」は諦めなかったのですね。これも、りんが蒔いた“看護の種”が成長したゆえのことでしょう。

「女で医者になるなんて大変だったでしょ」と直美。

この時代、女性が医者になることは本当に大変だったのです。これはまた、次回の記事でご紹介しましょう。

成長したヒデと再会した、りんと直美。(NHK「風、薫る」公式サイトより)

鈴木雅と日本初の女性医師・荻野吟子との活動

明治時代、苦難を乗り越えて、近代的な西洋医学に基づく国家資格を取得した公許女性医師は何人かいます。

ヒデは、そのうちの誰かをモデルにしているかどうかは不明です。

けれども史実では、直美こと鈴木雅は、実際日本で最初の公許女性医師である荻野吟子と関わり、共に女性のための活動を行なっています。

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