【豊臣兄弟!】蜂須賀正勝(高橋努)の息子は徳川へ…父の志を継ぎ豊臣家滅亡まで見届けた家政の生涯【後編】 (2/7ページ)
大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式Xより
朝鮮征伐でも活躍したが
家政は天正15年(1587年)の九州征伐(対 島津義久)にも従軍し、日向邦高鍋城(宮崎県高鍋町)攻めで武功を立てました。また天正18年(1590年)の小田原征伐(対 北条氏政・北条氏直)でも伊豆韮山城(静岡県伊豆の国市)攻めで福島正則(松崎優輝)と共に先陣を務め、武勲を挙げています。
かくして天下一統を成し遂げた秀吉ですが、その野望はとどまるところを知りません。文禄元年(1582年)から始まった朝鮮征伐では、文禄の役(天正20・1592年4月13日~文禄2・1593年7月9日)・慶長の役(慶長2・1597年1月14日~慶長3・1598年11月25日)とどちらも出陣したのです。まさに引っ張りだこと言えるでしょう。
特に南原城(ナムウォンソン)の戦いや蔚山城(ウルサンソン)の戦いでは、窮地に陥っていた加藤清正(伊藤絃)や浅野幸長(あさの ゆきなが)を救出する武功を立てました。
しかし泥沼化する朝鮮戦線の現状を憂えて、黒田長政(くろだ ながまさ)と共に戦線を縮小すべきと献言したことから、秀吉の逆鱗に触れてしまいます。