【豊臣兄弟!】茶々、側室入りの引き金に…信長の実子で秀吉の養子・羽柴秀勝の短い生涯 (5/9ページ)
渡辺世祐 著『豊太閤と其家族』,日本学術普及会,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/953289
長浜八幡宮奉納帳 渡辺世祐 著『豊太閤と其家族』,日本学術普及会,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション
血縁の絆で主君と家来の絆を深める信長の息子・於次丸が秀吉の養子になった経緯や理由としては、以下のような説が挙げられています。
⚫︎有能で勢いのある家臣・秀吉に実子を与えることで、血縁の絆で忠誠を固め、織田家との結びつきを強化する狙い。
(信長は血族を優遇する傾向があり、有力家臣の家に自分の子を入れることで、地位擁護や家臣統制にも役立てた。)
⚫︎秀吉も、出自の低い自分の家に信長の血を引く跡継ぎを迎えることで立場を安定させることができた。
⚫︎秀吉の正室・寧々が実子に恵まれないことを信長に懇願、主筋の子を迎えることで家中の安泰を図った。
いずれにしても、個人的な「信頼」だけではなく、戦国時代には珍しくない主従関係を血縁で補強する政略的な養子縁組だった推測されています。
養父・秀吉のそばで着実に戦果をあげるも羽柴秀勝は、実戦で大きな手柄を立てて目立ったわけではないのですが、父・秀吉のそばで主な合戦に参加しています。