日本初の女子帝大生・丹下梅子とは?48歳で海を渡り、67歳で日米二度の博士号を手にした不屈の軌跡【後編】 (1/4ページ)
【前編】では、丹下梅子が鹿児島で生まれ、教師となり、28歳で日本女子大学校へ進み、40歳で東北帝国大学に入学するまでを紹介しました。
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日本初の女子帝大生・丹下梅子とは?片目の失明を乗り越え、40歳から科学の道を切り拓いたその生涯【前編】梅子の人生がさらに興味深くなるのは、ここからです。
フジネットワークシステム九州編 『We love九州 : それは九州に始まった 』3 より
48歳、アメリカへ――海外で博士号を取得1921年、梅子はアメリカへ渡りました。このとき、48歳でした。留学先はスタンフォード大学、コロンビア大学、そしてジョンズ・ホプキンス大学です。ジョンズ・ホプキンス大学ではステロールについて研究し、Ph.D.を取得しました。ステロールとは、化学物質の一群です。代表的なものにコレステロールがあります。
梅子はこうした物質について研究を進めました。48歳で海外へ渡り、外国の大学で研究する。現代でも簡単なことではありません。
