日本初の女子帝大生・丹下梅子とは?48歳で海を渡り、67歳で日米二度の博士号を手にした不屈の軌跡【後編】 (4/4ページ)

Japaaan

もちろん、誰もが梅子と同じ道を歩めるわけではありません。時代も環境も違います。それでも、学ぶことに年齢だけで区切りをつける必要はない。一度選んだ道を、最初から最後まで一直線に歩かなければならないわけでもない。その時々で学び、働き、考え、また次の学びへ進んでいく。丹下梅子は、そんな学びの積み重ねの人生を送ったのです。

「日本初の女子帝大生」。
それは確かに、彼女を語るうえで重要な肩書きです。ですが、その肩書きの後ろには、40歳から新しい世界へ踏み出し、82歳まで科学と向き合い続けた、一人の女性研究者の長い人生がありました。

以下の記事もぜひ合わせてご覧ください。

明治の武家娘がアメリカで大ベストセラーに!なぜ杉本鉞子の『武士の娘』は海外で愛されたのか【前編】

「仙境のナイチンゲール」志田周子——雪深い“医者のいない村”を支え続けた女性医師の生涯【前編】

【ブラッサム】珠の同級生・角田忍が憧れた「平塚らいちょう」とは?『青鞜』が女学生の心を揺さぶった理由

参考

辻きよ『先覺者丹下先生』(1953 日本女子大学香雪化学館「丹下賞」設立委員会) 蟻川芳子・宮崎あかね『白梅のように――化学者丹下ウメの軌跡』(2011 化学工業日報社) フジネットワークシステム九州編 『We love九州 : それは九州に始まった 』3(1989 海鳥社) 原口泉「【歴史のささやき】志學館大教授・原口泉氏 日本初の女子帝大生・丹下ウメ、リケジョの先駆け」『産経新聞』、2016年3月25日。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「日本初の女子帝大生・丹下梅子とは?48歳で海を渡り、67歳で日米二度の博士号を手にした不屈の軌跡【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、丹下梅子、大正時代、明治時代、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る