【豊臣兄弟!】愛ゆえの残酷な別離…「里芋が一番じゃ」の真意と、あさひの初陣に隠された夫婦の誓い (4/10ページ)
もちろん「史実」ではこのようなやりとりがあったかどうかはわかりません。ドラマのフィクションでしょう。
けれど、「政略結婚で強制的に別れさせられた夫婦」の史実をモチーフに、それでも絆は消えないことを『桔梗』『里芋』で、表現した素敵な脚本だったと思います。
甚兵衛が「これが一番じゃ」というあさひの里芋。(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より)
あさひの“史実”にはさまざまな説が実際は、あさひの前半の半生自体は記録が乏しく、家康に嫁ぐ以前のことはわからないようです。
そんなあさひの前夫とされる相手は2つの説が。
⚫︎佐治日向守:信長に仕えた秀吉の出世とともに武士となり、この名を名乗ったとする人物。
江戸時代の家康の伝記『武徳編年集成』によると、あさひの夫の名は、佐治日向守としてあるそう。
佐治日向守は、秀吉から、政略結婚話を聞かされたとき、「あさひ姫を返して天下が治まるならば、どうして断ることがあるだろうか」と了承するも、その後自害したといわれています。
⚫︎副田甚兵衛吉成:秀吉に従い、あさひを妻にしたとする人物。
吉成は、秀長の但波国侵攻に従軍、与力として多伊城を与えられ、本能寺の変後に秀吉が大徳寺で行った信長の葬儀奉行を行う……などの記録はいろいろあるようです。
けれども、二人の夫婦関係の内面や日常が窺い知れるような当時の記録はほとんどなく、子供の有無も不明。
「豊臣兄弟!」では甚兵衛説を取り入れたのでしょう。