【豊臣兄弟!】絶頂の兄弟を襲った暗雲!秀吉の『北野大茶湯』がたった1日で中止になった本当の理由 (6/12ページ)
行く先行く先で、自分の財力や権力を誇れる……「経費をかけたぶん、その数倍も元を取る」なかなか現代のビジネスに通じるアイデアですね。
黄金の茶室(復元、MOA美術館)wiki public domain
茶会の当日は、京都はもちろんのこと大阪、堺、奈良からたくさんの人々が参加して、総勢800〜1,000人ほどだったといわれています。
参加者は身分を問わず公平にくじ引きで利休や秀吉などの各席に数人ずつ招き入れられ、御自慢の名物を用いて茶を供されたそうです。
秀吉は、午前中は茶を振る舞い、午後は会場を巡回視察していたとも伝わります。