【豊臣兄弟!】絶頂の兄弟を襲った暗雲!秀吉の『北野大茶湯』がたった1日で中止になった本当の理由 (1/12ページ)
「身分は関係なく、誰でも参加OK!」
「高価な道具を持っていなくてもいいから、おいで!」
そんな前代未聞の『北野大茶湯』を行ったのは、豊臣秀吉でした。
天正15年(1587)、京都の北野天満宮境内とその周りの北野の森で開催されたビッグイベントです。
秀吉に臣従した徳川家康は、天正15年に家康従二位・権大納言となり秀吉の弟・秀長と肩を並べ、豊臣政権の支配体制は一層強固に。
5月には島津義久が降伏し、西国をほぼ手中に収めました。
さらに、9月には御自慢の『聚楽第』も完成し、関白としての本拠を京に構えます。
秀吉にも豊臣家を支え続けてきた寧々にとっても、「もうすぐこの世の春」なお祝い気分でしょう。
ドラマでは、秀吉(池松壮亮)と寧々(浜辺美波)が手に手を取って仲良く歩く様子の場面が……この頃が、一番いい時だったのかも知れません。
その“豊臣の勢い”を内外に示すための祝賀・示威の場として開催したのが『北野大茶湯』でした。
けれども、その茶会は、たった1日で打ち切りになりました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第42話『北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)』では、この茶会が舞台となります。
史実でも、わずか1日で中止になった幻の『北野大茶湯』はどのような内容で、なぜ中止になってしまったのでしょうか。
その謎を探ってみました。
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