トマソン第1号「四谷の純粋階段」は今どうなっているのか (1/3ページ)
赤瀬川原平さんが亡くなった。
思い出すのは中学校1年のころ、当時の国語教師から赤瀬川さんの「トマソン」について聞かされたことだ。さっそく影響を受けて、夏休みに近所にトマソンはないか探し回ったことを覚えている。
ふと調べてみると、赤瀬川さんが「トマソン」探求を始めるきっかけになったという「四谷の純粋階段(四谷階段)」は、勤め先のすぐ近所だった。
これも何かの縁と、昼飯がてらにその「四谷階段」を探しに行ってみた。
何のためにあるのかわからない階段それは今から42年前の1972年。
赤瀬川さんらが四谷の旅館「祥平館」の裏手を歩いていたところ、どこにもつながっていない、単に「上って下りるだけ」の階段を見つけたのがトマソンの事始めだ。
この階段は「純粋階段」、あるいは四谷怪談をもじって「四谷階段」と名付けられ、以後次々と「発見」されるトマソンの栄えある第1号となった。
にぎわう外堀通り
さて、この四谷階段の今は――。
Google Mapを頼りに、四ツ谷駅を出て、外堀通り沿いに「祥平館」を探して歩くこと、およそ1分。

駅からはすぐ近くらしい

このあたりのはずなんだが......

と思ったら、ビルには「祥平館」の文字が!
駅のすぐそばに、「祥平館」はあった。
しかし建物自体は、すでにビルになっていた。