喪服が白ではなく黒である理由は明治時代から始まる戦争がキッカケ! (1/2ページ)
お葬式といえば、ちょっと前に話題になっていたニュースにこんなものがありました。「親友の葬儀に女装で参列」これだけ読むと、なんてふざけたこと!と思ってしまいますが、実は涙を誘う感動の友情話なのです。
■戦争で亡くなった友人の最後の言葉
イギリス軍としてかのタリバン軍と戦う友人が、戦友である彼にこう言うのです。
「もし俺が死んだら、できるだけ派手なドレスで女装して参列してくれよ」どんどん強大化する敵に、強がって見せたブラックジョークです。しかしその友人は敵の手によって帰らぬ人に。黒衣で参列すべき葬儀で、彼は約束を果たすのです。鮮やかな黄色のタイトドレス。しかしその姿に笑う者は誰もいませんでした。
これはイギリスでの話なのですが、話題になったのも、ただの女装ではなく派手なドレス着用で、というところもあるかとわたしは思いました。イギリスでも葬儀では黒衣が主流なのではないかしら?とちょっと調べてみたら、実は全然違いました。それこそ色合いは暗めに抑えるそうですが、とくに決まった服装はなく、スニーカー、ジーンズもあったり、色も暗めだけど赤もあったり、アクセサリーも、これみよがしなものでなければなんでもOK。
なんとまあ。日本で生まれ育ったわたしとしてはびっくりです。世界中、死に際しては「黒」をイメージし、かつ礼装するものだと勝手に決めつけていました。もちろん現在の日本の葬儀では黒衣の礼装をするのが当たり前です。しかしよくよく調べてみると日本でもまた、もとは「黒」ではなかったようです。では何色だったのでしょう?そもそも色は関係ないのでしょうか?
■喪服は白→黒→白→黒という変遷
答えは日本の昔ながらの怪談に出てくる「幽霊」でした。時代劇でもコントでも彼らが身に着けているのは、おそらくこれを読んでくださってる日本人の共通意識にあると思われる「白い着物」。そう「白」なのでした。
日本における喪服の色の変遷をネットで調べてみると、どうやら文献が残っている範囲では白→黒→白→黒と、なんだかあっち行ったりこっち行ったりしています。おもしろいのは、黒に変わるときはいずれも海外の影響をうけたときだったとか。しかも、最初の黒になった時は勘違いという話し。