宣教師が驚くほど奔放だった、戦国時代の日本人の性観念!? (2/3ページ)
この禁欲説を体系化したのが、古代のキリスト教学者・アウグスティヌスである。アウグスティヌスは、アダムとイブの子孫である人間は罪を負っているとし、性的な快楽は悪であると定義づけた。
したがって、性的な行為は、あくまで快感を伴わない、生殖のみを目的としたものでならないとした。ヨーロッパで性の解放が叫ばれるのは、ずっと後のことである。
以降、フロイスら宣教師たちは布教の際に風俗矯正に尽力し、日本人信徒の間に純潔を尊ぶ観念を根付かせるのに奔走したといわれている。
俗説かもしれないが、のちにキリスト教の布教が禁止された理由の一つとして、日本の女性たちが純潔を尊びだしたことが挙げられている。それほど、彼ら宣教師の布教活動に伴い、処女の純潔を守ることの重要性が説かれたのであろう。
■無断で出掛ける日本女性
続いてフロイスは、日本の娘たちが両親に断りもしないで、何日も一人で好きなところに出掛けていることに驚いたと述べている。これは、戦国時代であっても女性の一人旅が盛んだったことを示している。フロイスは遠慮がちに記述しているが、これは恐らく男性との性的な交渉を持ったことを示唆しているのであろう。
当時は暗い夜道を女性が一人で歩くということは、下手をすれば強姦される可能性を含むことでもあった。フロイスは強姦という危険性を感じて、先のとおり書いているのである。ちなみにフロイスによると、ヨーロッパでは娘や処女を家に閉じ込めることは大事なことで、厳格に行われたと記している。
また、フロイスは妻が夫に知らせず、好きなところに出掛ける自由があると記している。この記述も、「既婚者」である妻が他の男と自由に性交渉を持つことができたことを暗示していたのであろうか。現在、夫婦が出掛けるときには、必ず行き先を告げるはずである。
■コリャードの見た日本人の性観念
ところで、フロイスはいい加減なことを好き勝手に書いているわけではない。念のために、別の証言を確認しておこう。
フロイスから遅れて来日した宣教師のコリャードも、同じようなことを述べている。コリャード(一五八九~一六四一)は、元和五年(一六一九)七月に来日し、長崎で布教を行った宣教師である。