歴史に埋もれた日本の「戦後タブー」 (2/5ページ)
2か国の利害が対立して、初めて勃発するもので、一方だけが悪いということは絶対にないはずです」(前出の関野氏)
その"洗脳工作"の中で、GHQが最重要と位置付けていたのが、広島、長崎への原爆の投下に関する日本国民の感情だったという。
「当時、原爆投下が残虐行為だとする声は、日本のみならず、米国内にもありました。ただ現在では、原爆投下がアメリカの残虐行為とする意見はほとんど聞かれなくなり、日本側に原因があったとの声が大多数です」(全国紙社会部記者)
そこにも、GHQの"暗躍"があったことは言うまでもない。『WGIP』の中には、〈広島-長崎の"残虐行為"の話は"戦争犯罪"計画の見出しの下に来るように適切に考えるべきである〉と記されている。
「つまり、まともに反論することは逆効果だと悟ったGHQは、原爆投下を報道する際は、それに"日本の戦争犯罪"と大きく銘打った記事も併記するように新聞社を操作していたんです。また、その記事内ではアメリカという言葉をなるべく使わないよう指導していたんです」(関野氏)
以後、「進駐軍=いい人」の風潮が日本社会に蔓延していったのは歴史の事実。
ちなみに、いまだ米国内の学校教科書には「原爆投下は間違いではなかった」と記され、原爆投下で亡くなった人の数も半分程度の数字に改ざんされて掲載されているという――。
米国による"洗脳工作"は、GHQ撤退後も密かに続けられてきた。
それが第2のタブーである、米国による『対日心理作戦D27』だ。
「この作戦は、日本が米国陣営にとどまり、ソ連側につかないように、また、日本に米軍基地があることを問題視しないようにするため、メディアを操作するというもの」(近代史に詳しいジャーナリスト)
その手足となって動いていたのが、"プロ野球の父""テレビの父""原発の父"と呼ばれ、メディア帝国・読売グループの創設者である正力松太郎氏なのだ。