1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」前編 (2/8ページ)
この倉庫は、一連のグリコ・森永事件の端緒となる江崎グリコ社長誘拐事件で、江崎勝久社長(当時)が監禁されていた場所だ。背の高い草が生い茂る河川敷にポツンと建つ倉庫は、事件当時、テレビで見たのと同じ姿であった。
1984年3月18日、自宅で長男(11)、二女(4)と入浴中だった江崎社長は、風呂場から全裸のまま誘拐された。そして犯人は、身代金10億円と金塊100㎏を要求した。
だが、指定された受け渡し場所に犯人は現れず、事件は長引くかと思われたが、その矢先の21日、江崎社長は、この水防倉庫から脱出してきたのだった。
「警察に保護された江崎社長は当初、事情聴取にすんなりと応じていたんですが、グリコの幹部が駆けつけたときに、2人で20分ほど密談すると、めっきり話さなくなったんですよね」(北芝氏=以下同)
その後も犯人からグリコへの脅迫は続いたが、社長が救出されたこともあり、
グリコは犯人側の要求に応えなかった。すると犯人は、警察やマスコミへの挑戦状、江崎社長自宅への脅迫電話、グリコ本社及び関連子会社への放火、江崎社長の名前が書かれた塩酸入りポリ容器が発見されるなど、要求拒否への"報復"は過激になっていった。
4月23日、報道機関に届いた挑戦状で、犯人は初めて「かい人21面相」を名乗る。さらに5月10日に報道機関へ届いた挑戦状には、
「グリコをたべて びょう院え いこう」とあり、グリコ製品に青酸ソーダを混入し、バラ撒くという犯行予告の内容だった。
大手量販店はグリコ製品の撤去を始めた。
青酸ソーダによる脅迫は続く。5月と6月、グリコの取引先の香料製造会社に"3億円を出せば青酸ソーダの脅しをやめる"という旨の脅迫状が届く。商品撤去による売り上げ急減に喘いでいた同社は、取引に応じることにした。
3億円の受け渡し場所に指定されたのは、摂津市内の焼肉レストラン「大同門」。犯人の指示どおり、白いカローラと3億円を用意し、指定時間に待機した。車には、エンストを起こすよう細工がしてあった。車内にはグリコ社員2人が待機、トランクにはエンストを起こすスイッチを持った捜査員1人が潜伏し、周辺にも30人ほどの捜査員が張り込んだ。