1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」前編 (4/8ページ)

日刊大衆


「最初に発見された西宮市のコンビニでは、メガネと野球帽をつけた背広姿の不審な男が防犯カメラに映っていて、その映像が、後に公開されましたね」

これで日本列島は再びパニックに陥り、店頭からは森永製品が一斉に消えた。グリコ同様、森永は大打撃を受け、その損失額は200億円以上とも言われる。
犯人はその後もハウス食品、不二家、駿河屋とターゲットを変えて攻撃した。しかし、11月のハウス恐喝以降、表立って現金が要求されることはなかった。
進展しない状況のなか、極秘捜査を行っていた警察は、徐々に情報を公開していく。特に、10月に公開された女性や子供の声による脅迫電話の録音テープは、世間に衝撃を与えた。年が明けると、切り札とも言うべき"キツネ目の男"の似顔絵も公開された。これには膨大な情報が寄せられるも、犯人逮捕の手がかりは掴めなかった。

そして85年8月12日、「くいもんの会社いびるのもおやめや」と書かれた手紙が新聞各社に送りつけられる。事実上の「終結宣言」だった。
この間、犯人は一度も姿を見せることはなかった。犯人が誰で、何を目的としていたのか、現在も解明されていない。

攻防 2 警察が犯した3度の決定的ミスとは

事件は、なぜ未解決となってしまったのか。北芝氏いわく、警察はある程度のところまで犯人を絞り込んでいたという。
「非常に悔まれる事件なんです。警察は犯人に肉薄しており、逮捕のチャンスも3回ありました。しかし、あと一歩のところで失態を犯す。これがなければ、事件は解決していたはずです。犯人には"幸運"としか言いようがありません」
北芝氏が悔しそうに語る"警察の失態"。その一度目は、84年6月28日、丸大への脅迫で、犯人の現金要求の取引に応じたときのことだった。

その数日前、丸大の社長宅に「グリコと同じ目にあいたくなかったら、5000万円用意しろ」という脅迫状が届くと、丸大は警察に届け出るとともに現金を用意。受け渡しには社員に扮した捜査員が見張り役の捜査員とともに向かった。
犯人からの指示は、国鉄高槻駅から京都行き各駅停車の後ろから2両目に乗り、窓から白い旗が見えたら現金の入ったバッグを放り出せというものだった。
「1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」前編」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る