「坂本龍馬」「杉田玄白」……天才だと思う歴史上の偉人は誰?(日本史編)

芸術、スポーツ、学問などさまざまな分野で天才と呼ばれる人たちがいますが、歴史上の偉人にも「この人は天才だな」と感心せずにはいられない人が少なくありません。時代が変わってもその人の残した功績が変わることなく受け入れられている、そんな天才と呼びたい偉人を選ぶなら誰? 今回は日本史に残る「天才」と呼びたい偉人について社会人男女に聞いてみました。
■伊能忠敬
・ほぼ完ぺきな日本地図をあの時代に完成できたことは素晴らしいから(女性/21歳/情報・IT)
・現在のカーナビも忠敬の努力が礎。歩いてあれだけ正確な地図を作れるなんて凡人にはとてもできまい(男性/26歳/その他)
・あの時代にあの技術と年齢を考えたらすごいと思う(男性/29歳/情報・IT)
55歳から17年かけて日本中を歩いて測量し、初めて日本地図を作り上げた伊能忠敬。精度の高さから昭和初期まで実際に使われていたというのですから驚きですよね。そもそも50歳から学び始めた暦学、天文学から地図製作に取り組み始めたということですから、いくつになっても学ぶ心を忘れてはいけないということを思い知らされますね。
■夏目漱石
・東大英文学科という学歴に、多くの本を世に残した文豪だから(男性/28歳/情報・IT)
・彼の目線で世界を見てみたい(女性/25歳/医療・福祉)
・どうしたら物語が書けるのか気になるので(女性/35歳/商社・卸)
帝国大学卒で英国留学経験もある夏目漱石。漱石が書いた「坊っちゃん」を呼んだことがあるという人も多いでしょうが、さらに有名な「吾輩は猫である」が処女作というところに漱石の文才がうかがえます。どういう視点から世の中を見るとあんな物語が書けるのだろうと考えては見るものの、やはり天才の頭の中は計り知れないものですね。
■坂本龍馬
・発想、見識、行動力において突出していた。10~20年生まれるのが早すぎたのかも知れない(男性/50歳以上/学校・教育関連)
・勇気を出して革命を行った人だから(男性/26歳/農林・水産)
・船中八策など、今でも素晴らしいと思うことを考えていたから(女性/23歳/団体・公益法人・官公庁)
日本初の商社といわれる亀山社中を設立し、新しい国家構想とされる船中八策を起草したということで先見の明がある、行動力があると言われる坂本龍馬。司馬遼太郎の小説、ドラマや映画のイメージなどで過大評価されすぎているという人もいるようですが、明治維新で大きな役目を果たしたというのは事実。やはり、歴史上の天才と呼ぶにふさわしい人ですよね。
■織田信長
・あの時代で海外に目を向けていた(女性/29歳/団体・公益法人・官公庁)
・この人があってこその戦国時代の終焉、天下統一だから(男性/36歳/機械・精密機器)
・新しいアイデアを次々と産み出したから(男性/38歳/通信)
戦国武将として必ず名前が挙がる織田信長ですが、戦にいち早く火縄銃を取り入れる、家柄に関係なく人柄を見て家来を登用するなど斬新で柔軟な考え方を持っていたことでも知られています。元々、好奇心も旺盛だった信長はイエズス会との関係にも積極的だったとのことで海外への関心も高かったよう。天才は既存の概念にとらわれないことも大事ですね。
■杉田玄白
・日本の医学の発展に貢献した(女性/30歳/生保・損保)
・あの時代に医学書を出したから(女性/22歳/医療・福祉)
・翻訳するのは大変だったと思うので(男性/33歳/機械・精密機器)
オランダで出版された解剖図の正確さに驚きそれを日本語に翻訳しようと努力を続けた杉田玄白。オランダ語の通訳に会って、オランダ語習得の難しさを知っていながらも医学のためにと翻訳を決意し、実際に成し遂げた玄白は努力型の天才と言えそう。満足な資料もない時代に後継者のためになる医学書を刊行するなんて並大抵の努力ではできませんよね。
今回名前の挙がった天才と呼びたくなる偉人たちは頭が良いことはもちろん、柔軟な発想ができて、好奇心を持っているという共通点があるようですね。いくら頭が良くても自由な発想がなければ、新しい発見や人と違うことを始めるというのは無理。伊能忠敬のように、年を取ってからでも好奇心があれば一つの学問を究めることができるというのも励みになると思いませんか? 天才と同じように時代を揺るがすような発見や功績は残せないにしても柔軟な考え方を持つということは忘れないようにしたいですね。
(ファナティック)
調査期間:2015/7月(フレッシャーズ調べ)
調査対象:社会人男女
有効回答件数:298件