83歳筆者の〈極私的鑑賞ノート〉(1)...戦中・敗戦直後の思い出の映画たち

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「姿三四郎」(1943年)より。藤田進演じる主人公が、池の中に飛び込む場面

「姿三四郎」(1943年)より。藤田進演じる主人公が、池の中に飛び込む場面

1933年(昭和8年)生まれのぶらいおんさんは、このほど83歳を迎えた。戦中から戦後、そして現代にいたる時代を生きてきた中で、どんな映画や演劇などをその目で観てきたのだろうか。

今回から、通常の連載の合間に、不定期にぶらいおんさんの「極私的鑑賞ノート」を掲載していく。初回は、戦時中から敗戦直後までの、思い出に残る映画を中心に語ってもらう。

最も古い記憶は、夏の夜の野外上映会

映画や演劇は好きなジャンルである。

だが、自身の人格形成に影響を与えたのは(といえば、有名人の生い立ちでもあるまいに、些か大袈裟に聞こえるが)、映画、演劇には留まらない。そこで、これらを中心に置くが、それに留まること無く、広くアート全般に思いを巡らせながら、極私的に鑑賞者の立場で、余り系統的ではないけれど、なるべく時代の流れに沿って鑑賞し、体験したアートが、80年余(すなわち、昭和の殆どおよび引き続く平成の30年近くにわたり)生きて来た一人の市井の徒に、どのように影響を及ぼしたか?について述べてみよう。そして、述べるに当たり、そのベースは、主として(これまでの人生の三分の二を過ごした)東京に置くことにした。

書いてみたいことは、アトランダムに頭の中に浮かんで来るが、成るべく羅針盤の針が、あちこち飛び回らないように、小さな目標を取りながら、船を進めるように努めて行こう。

先ず、幼い頃、映画について、最も古い記憶として残っているのは、確か小学生の極低学年の或る夏のことで、場所はその頃生活していた東京では無く、紀南の小さな村、そこには父の生家があり、その本家には、父の長兄の家族たちが住んでいた。だが、その時、当主たるべき、その長兄は既に此の世に無く、残された家族のみの世帯であった。つまり、筆者から言えば、父方、伯父の家族たち、すなわち、その当時は健在の、残された伯母、従兄姉たち、それと祖母(父の生母)というメンバーであった。

従兄姉たちは全員筆者より年上ではあったが、末っ子の従兄は2歳だけ筆者より上であった。

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