世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第346回 災害史の日本

| 週刊実話

 日本の歴史は、自然災害との戦いであった。とはいえ、ユーラシア大陸と離れた島国であるため、外国からの「侵略」に備える必要はそれほどなかった。江戸末期まで、日本国が本格的な侵略を受けたのは、元寇のみだ。これは、世界史という視点から見ると、あくまで「例外中の例外」である。ユーラシアの国々は、災害ではなく侵略に備える形で、文明を進化させてきた。

 筆者は11月前半、連合王国(イギリス)を訪れ、エジンバラ、ヨーク、リーズ、マンチェスター、リバプール、そしてロンドンと、各都市を回った。ちなみに、イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」で、略称はUK(連合王国)である。なぜ日本で「イギリス」と呼ぶのかといえば、ポルトガル語のイングランドが「イングレス」だったためである。

 日本は最初に訪れた(というか漂着した)西欧人であるポルトガル人から、欧州情報を仕入れた。イングランドのポルトガル風読み「イングレス」が連合王国の呼び名になったのだが、イギリスはブリテン島のイングランド、ウェールズ、スコットランド、そしてアイルランド島の北アイルランドという4つの連合王国である。

 ブリテン島のほぼ中央に位置するヨークは、美しい「城壁」で有名だ。街を囲む城壁の一部が、無傷で残っているのである。城壁に沿って歩くことができる街は、今ではそれほど残っていない。

 ヨークの城壁は、街を「誰」から守るべく、建設されたのだろうか。もちろん「侵略者」である。そして、侵略者は頻繁に変わった。

 元々、ヨークは「侵略」者である古代ローマ帝国の軍隊が築いたものである。五賢帝の1人、ハドリアヌス帝は、ブリテン視察の際にヨークに宮廷を構えている。ローマ人がヨークの城壁を築いたのは、北方のゲール人(スコット人など)の襲撃からブリタニア属州を守るためだった。

 その後、ローマ人が撤退し、新たな「侵略」者であるアングル人、サクソン人が大陸から襲来。ヨークは七王国の1つ、ノーサンブリア王国の主要都市の1つとなる。

 9世紀、ノース人(いわゆるヴァイキング)がブリテン島を急襲し、ヨークを獲得。「ヨルヴィーク」と改称された。

 10世紀、イングランド王国のエドレッドがヨークを奪回。

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