今回は3回にわたり奈良市高畑の比賣神社に祀られている飛鳥時代の皇女・十市皇女と、彼女へのひたむきな純愛を貫いた高市皇子について紹介します。
2人は天智天皇から大化の改新事業を引き継ぎ、律令国家としての日本を完成させた天武天皇の長女と長男でした。
2回目の【中編】は、壬申の乱後に飛鳥に戻った十市皇女の動向とその死。そして、彼女に捧げた高市皇子の挽歌についてお話ししましょう。
【前編】の記事はこちら
幼馴染みから政治の犠牲に…日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察【前編】 失意と傷心の中で訪れた突然の死大友皇子の自決後、飛鳥に戻った十市皇女ですが、彼女の浄御原宮での動静はあまり記録に残っていません。ただ、『日本書紀』の675(天武4)年2月には、天智天皇の娘で、草壁皇子の正妃である阿閇皇女(あへのひめみこ)とともに、伊勢神宮へ参拝したとの記録があります。