日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察!幼馴染みから政治の犠牲に…【中編】 (5/8ページ)

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高市皇子イメージ

壬申の乱では、天武軍の最高軍事司令官として重要な役割を果たした高市ですが、天武朝においては、草壁皇子・大津皇子に次ぐ第三位の序列に甘んじていました。

そんな高市の詠んだ歌は『万葉集』に、3首収録されていますが、実はその全てが十市への挽歌なのです。先ずはその3首を紹介しましょう。

「みもろの神の 神杉已具耳矣自得見監乍共 寝ぬ夜ぞ多き」(巻第2-156)

「三輪山の 山辺まそ木綿 短木綿 かくのみゆゑに 長くと思ひき」(巻第2-157)

「山吹の 立ちよそひたる山清水 汲みに行かめど 道の知らなく」(巻第2-158)

「みもろ之…………」の歌の意味は、「あの三輪の神杉のように手を触れることもなく、いとしく思う姫にせめて夢で逢いたいと思い、眠れぬ夜を多く過ごしてきた。」

「三輪山の…………」の歌の意味は、「三輪山に捧げる麻の木綿、その短い木綿のように貴女の命は短いものだったのか。私は貴女の命はもっともっと長いと思っていた。」

「山吹の…………」の歌の意味は、「山吹の花が咲きにおう山へ貴女の命を蘇らせるという清水を汲みに行きたいと思うけど、どう行ってよいのか、私にはその道がわからない。」となります。

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