日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察!幼馴染みから政治の犠牲に…【中編】 (6/8ページ)

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三輪山に鎮座する大神神社(撮影:高野晃彰)

この3首には、高市皇子の十市皇女に対する深い愛情があふれています。そこから、十市は高市と結婚していたのではないかという推測も生まれました。しかし、高市には、天智天皇の皇女である御名部皇女(みなべのひめみこ)という正妃がいて、二人の間には、聖武朝初期に左大臣として朝廷を主宰した長屋王が生まれました。

高市の長男・長屋王(Wikipedia)

また、高市皇子の宮には、十市の妹である但馬皇女が同居していたことから、彼女とも恋仲であったという説もあります。その但馬皇女は、高市の弟・穂積皇子との熱烈な恋愛スキャンダルを引き起こしています。

一部の学説では、高市・十市・穂積・但馬という異母兄妹たちが入り乱れ、まるで恋愛サロンのような関係を築いていたとされています。これを、古代における恋愛観の大らかさの表れと見る研究者も多いようですが、果たして本当にそう言えるでしょうか。

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