短期集中シリーズ:西成マザーテレサ事件の謎
「西成のマザーテレサ」こと女医の矢島祥子さんが亡くなって5年が経つ。筆者がその死を知ったのは死後かなり時間が経ってからだった。西成の住民から偶然情報が入った。矢島さんのアパートからは他者はおろか、矢島さん本人の指紋さえ出てこなかったという謎について聞かされた。その後、「頼まれて指紋を消した」と証言する人物に接触することもできた。それからこの事件の取材が始まった。いくつかの妨害も受けた。それについては既に寄稿済であるので、遡って読んで頂きたい。
「西成はホンマに不思議な街や。正しい事しようとする人間が消されるんやから」
ある西成の住人はこの事件をこう語る。何かを暗示しているかのように。西成区の、通称「釜ヶ崎」は日本で唯一暴動が起こった街としても有名だ。だが、現在はそんな暴力性のある地域ではない。
この300メートル四方に住んでいる人間は、ほとんどが高齢化しており、夜は次の日の日雇いに備えて眠る。夜、出歩いている人間は生活保護受給者か何かを求めてこの地域に足を踏み入れた人間であろう。
矢島さんが勤務していた診療所から自宅まで通う道を筆者も歩いてみた。気付いたのは監視カメラの多さである。数えたところ20台以上の監視カメラを確認できた。その中の何台かは犯罪防止用のダミーであろうが、これらの中に、矢島さんの最期の姿は映っていなかったのか。
事件をもう一度振り返ってみよう。2009年11月14日朝方、矢島祥子さんは勤務している診療所を出た。鍵の所持管理は診療所所長、事務長、矢島祥子さんの3名で行われていたと思われたが、その後の遺族の話では詳細は不明。第四の所有者がいた可能性もある。
その日は強い雨だった。診療所のある鶴見橋商店街の監視カメラには彼女の姿は一切映っていない。その理由もはっきりしていない。
「これだ!」
監視カメラの映像を見ながら声を発した警察官がいた、との証言もある。診療所のすぐ脇を逸れる小道がある。この小道を入れば監視カメラに映らない可能性もあるが、この日の矢島さんは移動に自転車を使っていた。
強い雨の日。