失敗しないお城造り! そのコツとは? (3/4ページ)

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しかし、大名の本城は、大名が籠城して生き残るために造られるケースは少ないのです。武田領を守る司令塔として、「城」の形状をしていますが、新府城は城主の籠城を目的に造られているわけではありません。

戦国大名が生き残るには、本城での籠城ではなく、他領との境で軍事力の行使を行うかまたは外交的努力が必要です。武田家の滅亡は、新府城の築城が失敗だったからではないでしょう。

■深大寺城から学ぶ!

深大寺城の例から得られる教訓は「必要な位置に必要な城を造ろう」ということです。

「扇谷上杉氏の実力」と「北条氏の実力」を考えたとき、河越城から30kmも離れた位置に支城を造ることと、その支城が北条氏にとって「目の上のたんこぶ」的な効果を発揮するだろうか? を熟慮しなければならなかったのです。

●北条氏は深大寺城を無視できました。
味方を知り、敵も知って戦略を決める必要があります。第二次世界大戦で、南方の島々に陣地を造り、守った多くの日本軍に米軍は見向きもせず、飛び石作戦で飛び越し、軍事的に無意味化しました。

軍事拠点は敵が無視できない地点に造らなければ意味はありません。どんな立派な城を造っても、その位置が目的達成に寄与できないところにあるのでは失敗築城になります。

■神指城から学ぶ!

上杉景勝は、神指城に本城を移転する予定でした。しかし、本城は大規模であり、完成しない段階で軍事的危機を迎えました。本城をゼロベースから造るのは十分な時間のあるときに行うべきでした。

豊臣秀吉が死んで一気にパワーバランスが崩れ、乱世になる確率が高い時期に行われた点が問題です。全国規模の乱世に備えた動きに徹する必要があったのではないでしょうか。

——こうしてみますと「戦略」「戦術」など、もろもろ考慮しないと失敗になるのですね。

藤井先生 戦国期の城には多くの種類があります。「岐阜城」や「春日山城」のような戦国大名の居城もありますが、家臣の城や、支城もあります。

支城は経済拠点を押さえるものや、川の渡河点を押さえるものなど、多くの城にそれぞれに別々の築城目的があるのです。
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