ノーベル賞候補にも! 「抗生物質」は日本の発明だって本当? (1/2ページ)

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冬に増えるのが「病気」の話題。病院の注射やクスリが良く効くのは抗生物質(こうせいぶっしつ)のおかげですが、発明したのは日本の学者なのはご存じでしょうか?

抗生物質の生みの親は明治時代の医学博士、秦佐八郎(はたさはちろう)。ペスト予防の実績を買われてドイツの研究所に招かれた秦は、ドイツのエールリッヒ博士の共同研究によって梅毒をやっつける薬を発明、猛毒で知られるヒ素を使って菌を退治する世界初の抗生物質を発明しました。ただしノーベル賞候補に挙がるも残念ながら受賞にはならず、名前を知らないひとも多いでしょうが、現在われわれが健康に過ごせるのも、秦博士の研究があってこそなのです。

■日本をペストから守った男

カゼをひいたけど病院に行く時間がない、冬になるとよく聞く話です。市販のクスリを飲んでも治らず、結局病院に行くはめに…処方されたクスリですぐ回復した!なんてパターンがお約束なのも、ひとえに抗生物質(こうせいぶっしつ)のおかげで、

 ・市販の薬 … 痛みなどの症状を和らげる

 ・病院の薬 … 原因となる菌などをやっつける

の違いがあり、処方薬は抗生物質が「病気」に直接作用するのに対し、市販のものは自分で治す治癒(ちゆ)能力を助けるだけのものがほとんどです。後者の場合、幼児や高齢者のように体力がないひとや、人間が持つ抗体では治せない病気には対応できないため、過去には伝染病で多くの命が奪われていました。この歴史を変えた人物が秦佐八郎(はたさはちろう)なのです。

明治6年、島根の農家に生まれた秦は、14歳のときに村の医者の養子に迎えられ、その後は家業をつぐために医学を学び、大学を卒業すると病院の助手として働きました。このとき出会った荒木寅三郎に見込まれ、伝染病の権威である北里柴三郎(きたざとしばさぶろう)の研究所に勤務、当時は正体がわからなかったペストの予防に尽力し、日本でのペスト流行を阻止しました。これが国内外で評判となり、ドイツのコッホ研究所に留学することになるのです。

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