実はグダグダだった!? 世界史で有名な「百年戦争」は100年も戦っていないってほんと? (1/2ページ)

百年戦争とは1337~1453年にイギリスとフランスの戦争とされていますが、実際にはこの期間ずっと戦いが続いていたわけではありません。幾度もの休戦協定や和平条約が結ばれているのです。
そもそも、1337年以前も1453年以降もイギリスとフランスは争っていました。どこからどこまでを百年戦争とするかは、見かたや切り口によって違うのです。
■前半はイギリスが優勢
イギリス王、エドワード3世の母は、フランス・カペー家の王女でした。そのため、フランスでカペー朝が断絶し、ヴァロア家のフィリップ6世がヴァロア朝初代のフランス王となったときに、エドワード3世がまさかのフランス王位を主張したのです。断絶しなくても、俺が継げば問題ないでしょ、ということです。
このときのエドワード3世は、イギリス王でありながら、フランスの中にアキテーヌという領地をもっていたため、フランス王の家臣でもあったのです。そして王であるフィリップ6世は、逆らう家臣の領地(アキテーヌ領)没収を宣言し、進軍します。これが百年戦争の始まりとされています。
しかしこのエドワード3世、挑発するだけあって強かったのです。スロイスの海戦や、クレシー、ポワティエの戦いと、勝利を重ねていきます。特にポワティエでの戦いは、エドワード3世の息子であるエドワード黒太子が大いに活躍し、フランス国王ジャン2世(この時フィリップ6世は既に亡くなっていました)を捕縛したのです。
エドワード3世は、当初主張していたフランス王権ではなく、イギリスへフランス西部の支配権を欲しました。ちなみにジャン2世は300万エキュの身代金で解放されています。
風は完全にイギリスに吹いていました。
この間、ペストが流行し、ヨーロッパの3分の1の人々が亡くなりました。ちょこちょこ休戦を挟んではいるとはいえ、そんな大変な状況にもかかわらず戦争は続いていたのです。