【現代医学】すごく腹が減っているときに食べると死ぬ危険アリ / 戦国時代に「兵糧攻め」で大量の餓死者 (7/8ページ)
「まあ生きてるけどね」と笑っておりましたが、良い子は絶対真似しちゃダメだよ!

・責任をとり自害する意思
あまりに悲惨すぎるエピソードのため、大河ドラマ軍師官兵衛でも見事にカットされた鳥取城攻めですが、こんな話が残っております。経家から切腹の申し出を受けた秀吉は、その奮戦を讃え、「腹を切るのは山名に仕えていた家老で良い。経家には帰還を赦す」との旨を伝えました。が、経家はこれを拒否します。責任をとり自害する意思を変えませんでした。
・経家は遺言状を5通したためる
そこで秀吉は信長に許可を取った上で切腹を認めました。首を受け取った秀吉は哀れな義士だと男泣きし、安土に送られた首は信長によって手厚く葬られたそうです。自害に先立ち経家は遺言状を5通したため、そのうち3通が現存しております。
・手紙は読みやすいように平仮名
主君・吉川広家に宛てた手紙には、「毛利と織田の弓矢が激突する境目で死ねたことは末代までの名誉です」とあり、家臣への手紙には数ヶ月の苦労をねぎらう内容が書かれておりました。そしてこの状況でも子供たちへの手紙は読みやすいように平仮名で書かれています。
「鳥取のこと、夜昼で200日こらえました。兵糧が尽きてしまったので、わたし一人が御用にたって、皆を助け吉川一門の名をあげます。